2017年09月09日

沖縄から帰っても、帰って来た気がしないのは、なぜだろう?(沖縄報告1709 Report 02)

9月6日に沖縄を離れて、もう3日目の9月9日。

でも、なぜか「帰った」という気がしないのである。


もちろん毎回、「まだ帰りたくないな」とは思うのだが、

じっさいに「まだ沖縄にいる」感じが、今回はとても強い。


なぜだろう・・・?


前回の沖縄(6月)から、わずか70日の間隔を置いて、

まだ前回の記憶がとても強いうちに行ってきたから?


今回の旅の後半(3日目の午後以降)とてもバタバタして、

いろいろ考える余裕もなく那覇を飛び立ってきたから?


次回の沖縄行きをすでにスージーさんと話し合っていて、

具体的に決まってはいないけれど、また行ける思いが強いから?


沖縄で泊まった3夜の平均睡眠時間は2時間程度で、

帰った日はすぐ寝てしまい、翌日(7日)は1日カンヅメ、

昨日(8日)は爆睡のはてに目が覚めると午後4時前。

そんなこんなで時間感覚を失ったままだからなのか?


よくわからないのだけれど、大阪に帰ってきてからも、

今でもまだ沖縄にいる、そんな感じがずっとしている。


目の前のカーテンを開ければ、沖縄のホテルに泊まって、

見た風景が目の前にひろがっているような気がしている。


沖縄から帰っても、帰って来た気がしないのは、なぜだろう?(沖縄報告1709 Report 02)
(9月4日 5:42 仲泊)


ひょっとしたら、ぼくが覚えていないだけで、

これまでにも何度か、こういう感じをしたことが、

あったのかもしれないが、ちょっと思い出せない。


ぼくの身体、とくに脳が、年を取るにつれて、

だんだん「ぼんやり」に傾いてきていることは確かで、

こういう感覚は、べつに特殊なものではないのか?

(であれば、年を取るというのも、わるくない。)


この不思議な感覚が、いったいいつまで続くのか、

この感覚がどこからきて、なぜ今回は続いているのか、

そのことも含めて、「9月の沖縄」の記憶をたどってみたい。


・・・だなんてことを、ぼんやり考えつつ7日(白露)を過ごし、

8日には11日前に大分空港に緊急着陸したオスプレイが、

エンジン交換のあとも発煙を繰り返した揚句に飛び立った。

(夕方の4時に目が覚めてすぐに読んだ夕刊で知った。)


今日は9月9日の重陽(ちょうよう)の節句。

(こちらの記事が、おもしろい。☞ THE PAGE 9月3日

ここまで書くなら、芭蕉の重陽の句をあげてほしかった、

とは思うのだけれど。「菊の香にくらがり登る節句かな」

ま、筆者が東京の人だから、仕方ない、かな。


山に登っている体力はないし、菊酒も飲まないので、

せめて今日は勤務先の仕事場の最上階まで上って、

菊花の盛りのような雲の夕焼けが見られれば幸い。





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