いきなり核心!(「鹿男あをによし」第7話」)

び ん

2008年02月28日 23:43



いやはや、きましたね、いきなり。

第6話終了=第7話開始時点までは、そもそも謎が一体何なのか、

ぼくらは一体謎を解いているのか、と思わせられもしたのですが、

やはり謎は「謎」としてあり、それは解法がそなわるものだった。


謎解きの流れが、ここまで一気に加速するとは予想できませんでした。

あー、おもしろかった(^-^)。

いちおう、堀田イト=シカ、リチャード=ネズミまでは分かったのですが

(「イト」と「シカ」のアナグラムは、まだ明確にと解けていないのですが)

・・・あとから言うなよ?笑 ま、ネタバレの問題もありますから(^-^д


ストーリーそのものは、たくさんのブログがUPしてくださるだろうから、

それはそちらで確認していただくこととして・・・

あとはつまり、リチャード=考古学の線から、

三角でもあり、丸くもあり、複数の動物と関わる「三角えーとムニャムニャ」に

たどりつけばいいわけであって・・・(まだ紆余曲折はありそうですが ^^


ところで、なぜ主要登場人物の中で小川先生だけが古都にかかわりのない苗字なのか・・・

それはつまり、も、も、サンカクだからですね、おそらく。

「川」の字を、「さんぼんがわ」と呼ぶように、それは3つの方向から牽引される、

3つの明確な構成要素から成り立っている。

「小」も同様。

これは、タイトルバック(イントロ)の神代文字から教えられたことです。


そしてこれは、漱石の小説の基本構造がそうであったように(広い意味での)三角関係の物語であり、

ある意味で人間同士のいくつもの「三角」をめぐって語られる物語構造でもある。

・・・あるいは、小川先生をとりまく3人の若い女性(藤原先生・長岡先生・堀田イト)

それらひとつずつの重力の中を、固定点をもたない中心である小川先生が浮遊し、

(奈良という土地こそが、そのように中心にあって浮遊するトポスなのでもあり)

それらひとつずつの光源に順番に焦点を当てることで進んでゆくストーリー・・・

そんなふうにも考えられます。

そういえば、漱石の作品の中でも、一番有名な三角関係の物語、

つまり『三四郎』(1908年刊!)のフルネームは、小川三四郎でしたね。


漱石的な三角といえば、いつも三角形になりきれずにゆるく一直線に並ぶ、

小川先生・藤原先生・福原先生(重さん)のトポロジーが、それとなく暗示していたりもします。

(ある意味キーマンである福原先生は、3代つづく美術教師の3代目でもあるわけで)

そこに第7話では堀田イトが加わって、教師-生徒、女性-男性、年長者-弱年者、

などといった要素のからまりあいによって奇妙に安定した四角形を演じたわけですね。


そしてその一方で、頻出するの倍数。

たとえば60年、あるいは1800年。

または、3学期制の中心にある2学期の物語。

(先鋭的な=角のある3の倍数である12ヶ月の中の、

最も安定的に割り切れる=距離のある10月=神無月)

座りの悪さは、何も神(鹿島明神)の不在によって引き起こされるばかりでなく、

」という、極めて座りのよい数字への離反によって、すでに約束されたことでもあったわけで。


・・・などということを、ドラマ見ながら考えるのは至難のワザなので、

第7話が終わってから、ちょっと足早に考えてみました^^


これ以上は、ネタバレに引っかかる可能性があるので、また今度。





いやはや、こんなにおもしろいドラマが視聴率10%切るなんて、

こっそりはっきり言いますけど、見ない人って、○鹿です^^;




【心おぼえ】

今年に入って初めての、1日つ目の記事。

「鹿男」へのオマージュのしるしに。

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