8月6日

び ん

2005年08月06日 11:52

ぼくは広島の人間ではないのだけれど、この日は特別。

広島にはじめて行ったのは、大学1年の夏。クラブの演奏会で。
平和記念公園にも行ったのだけれど、まだ特別な意識はなかった。

大学院に入る頃には、足しげく広島に立ち寄るようになった。
それまでの数年間に、特別な何があったというわけではない。
隣県に暮らす大学生として、広島にかかわるさまざまなことに触れる機会を多く持ったのだと思う。
8月6日には、広島に行くと決めていた。

必ずしも8月6日に広島に行ける年ばかりではなかったが、6日に行けなければ次の日、それもできなければせめて8月には、と意識して広島に行った。そうでないと、すぐ「ま、いいや」になってしまうので。
それで何がどうなるというわけではないのかもしれないが、ぼくにはそれは大事な行事だった。
気休めと言われれば「そうですね」と答えるだけだが、テレビが写さない8月6日の記念公園で、じつにさざまな見聞を得た。財産、と言っていい。

始発の新幹線で岡山を出ると、記念公園前で電車を降りて、ちょうど原爆ドームの横を通りかかるときに8時15分のサイレンが鳴り始めるのだった。

ぼくは式典というものが必ずしも好きではないので、誰もいない原爆ドーム前で、ひとりで黙祷するのが合っていたかもしれない。


沖縄戦で亡くなったのと、ほぼ同じ数の人たちが、わずか1発の巨大爆弾で亡くなった。

数の問題ではない。そこには、ひとつひとつの大きな悲劇の積み重なりだけがある。
そのことは十分承知しているつもりなのだが、やはり数の与える衝撃もある。

8月6日から、長崎の8月9日を経て、8月15日まで至る8月のこの日々は、重い。

大事な日々だと思う。いつもは忘れている「遠く」を見つめる。じっと目を閉じる。

とりわけ今年は6月23日の沖縄に立ち会って、その「重さ」もまだ身体を離れていない。
3月には長崎にも行ってきた。その印象も、まだ鮮やかだ。


何ができるのかと、つい考えてしまうのだが、少なくとも「考える」ことはできる。そして「忘れない」こと。

忘れてしまうことは、「なかったこと」にすること。それはできない。

ぼくらは戦争を経験していないけれど、戦争の経験を語り継ぐことはできる。

「あったこと」を「あったこと」のまま、未来に送り届ける。


もうすこしだけ、じっと広島のことを考えて、またいつもの調子に戻ろうと思う。

広島の悲劇、沖縄の悲劇。つながっている。つい忘れてしまいがちだけれど。

どちらも、日本政府が起こした戦争の結果。戦争をやめなかった者の犠牲。

再び戦争へ向かう水位が高まっている現在、何をすればいいのか。何ができるのか。

できることは限られているけれど、でも、何もないわけではない。