2008年03月29日
「鹿男あをによし」第3回探訪報告(2)新大宮から平城宮跡へ
もうしわけござりませぬ。
わが家の晩餐(ちなみに藤原道子、じゃない藤原道長の流れを引いております)は、
前菜からはじまり、後菜に至りますまで、四時(とき。8時間)ほどを要しますので、
「晩ごはんのあとで!」などと記しましたのに、こんなに遅うなり申した。
さても、今回拙者が赴き申したのは、平城宮跡。
申の刻(夕刻4時あたり)に高速バスでなにわを離れるスージー殿を熱き抱擁で見送り^^
その後、青木めそ殿の書店調査に同道いたしまして、
酉の刻(同6時頃)なにわの駅舎から電車に乗り込み申した。
ところが乗り込み申したのが最後尾車輛でありましたもので、
後部運転席の窓から見える夕陽があまりにもみごとで美しく・・・
「をを!・・・朱雀門に沈む夕陽を所望!」と相成りました次第でござります。
すでに、ここ一連の「鹿男」探訪事前調査にて、
朱雀門に最寄りの駅舎は大和西大寺であると存じていたのではござりますが、
それでは夕陽を背に朱雀門へと向かうかたちに相成り申す。
そこで、西大寺駅舎をひとつ通り過ぎ、その向こうの新大宮にて降り、
夕陽に向かうかたちで朱雀門に向かいたしと下手な申知恵を回し申したため、
えらい目にあいましてござる。
(朱雀門は大極殿(だいごくでん)から南へ、近鉄奈良線を越えたあたりです)
つまり・・・寒かったあああ!!
失礼。いささか取り乱し申した。
ここしばらくの、なにわの春の陽気に比べ申して、
一気に冬に逆戻りの陽気だったのでござる。
(ちなみに、大阪の昨日の最低気温が10度、奈良は今日2度らしい。なんでやねん。
寒風の中、4キロ以上歩きましたな。いい運動になったでござる(武士は食わねど・・・と^^)

それでも、王朝人(びと)によってしばしば歌に詠まれた佐保川沿いは、見事な花の満開でござりましたな。
こちらのHPによりますれば、「さ」は誉める意味(「美称」と申しますな)、「ほ」は大変綺麗という意味だそうで。
「穂」や「秀」と書いて、秀(ひい)でること、他よりぬきんでてすぐれるものを「ホ」と呼ぶのでござります。
『万葉集』(われらは「まにようしう」と読みましたが、今時は異なるようで)を編んだと言われる大友家持卿が、
「佐保川の水を塞(せ)きあげて植ゑし田を」と詠んだ尼に続けて、
「刈る早飯(わさいい)は独りなるべし」と付けたとき、
わが国に「連歌」と呼ぶものが生まれたとのもっぱらの評判。真偽は定かならざるものがござるが。
その家持殿の叔母で姑でもあった大伴坂上郎女(さかのうえのいらつめ)殿には、次の歌があり申す。
佐保河の小石ふみ渡りぬばたまの黒馬の来る夜は年にもあらぬか
「ぬばたまの」は「夜」にかかる枕詞でござるな。
佐保川の小石を音たてて踏みながら、あなたが漆黒の夜にまぎれつつ、
夜よりも黒い愛馬に乗ってわたしのもとへかよって来てくださる夜、
そんな夜が、年に1度でもあったらいいのに!
そんな意味でござりましょう。だから佐保川の玉砂利の音に、いつも聞き耳をたてている、と。
・・・などとやっているうちに平城宮にもひたひたと夜が迫ってきたのでござった!(汗)

わが家の晩餐(ちなみに藤原道子、じゃない藤原道長の流れを引いております)は、
前菜からはじまり、後菜に至りますまで、四時(とき。8時間)ほどを要しますので、
「晩ごはんのあとで!」などと記しましたのに、こんなに遅うなり申した。
さても、今回拙者が赴き申したのは、平城宮跡。
申の刻(夕刻4時あたり)に高速バスでなにわを離れるスージー殿を熱き抱擁で見送り^^
その後、青木めそ殿の書店調査に同道いたしまして、
酉の刻(同6時頃)なにわの駅舎から電車に乗り込み申した。
ところが乗り込み申したのが最後尾車輛でありましたもので、
後部運転席の窓から見える夕陽があまりにもみごとで美しく・・・
「をを!・・・朱雀門に沈む夕陽を所望!」と相成りました次第でござります。
すでに、ここ一連の「鹿男」探訪事前調査にて、
朱雀門に最寄りの駅舎は大和西大寺であると存じていたのではござりますが、
それでは夕陽を背に朱雀門へと向かうかたちに相成り申す。
そこで、西大寺駅舎をひとつ通り過ぎ、その向こうの新大宮にて降り、
夕陽に向かうかたちで朱雀門に向かいたしと下手な申知恵を回し申したため、
えらい目にあいましてござる。
(朱雀門は大極殿(だいごくでん)から南へ、近鉄奈良線を越えたあたりです)
つまり・・・寒かったあああ!!
失礼。いささか取り乱し申した。
ここしばらくの、なにわの春の陽気に比べ申して、
一気に冬に逆戻りの陽気だったのでござる。
(ちなみに、大阪の昨日の最低気温が10度、奈良は今日2度らしい。なんでやねん。
寒風の中、4キロ以上歩きましたな。いい運動になったでござる(武士は食わねど・・・と^^)
それでも、王朝人(びと)によってしばしば歌に詠まれた佐保川沿いは、見事な花の満開でござりましたな。
こちらのHPによりますれば、「さ」は誉める意味(「美称」と申しますな)、「ほ」は大変綺麗という意味だそうで。
「穂」や「秀」と書いて、秀(ひい)でること、他よりぬきんでてすぐれるものを「ホ」と呼ぶのでござります。
『万葉集』(われらは「まにようしう」と読みましたが、今時は異なるようで)を編んだと言われる大友家持卿が、
「佐保川の水を塞(せ)きあげて植ゑし田を」と詠んだ尼に続けて、
「刈る早飯(わさいい)は独りなるべし」と付けたとき、
わが国に「連歌」と呼ぶものが生まれたとのもっぱらの評判。真偽は定かならざるものがござるが。
その家持殿の叔母で姑でもあった大伴坂上郎女(さかのうえのいらつめ)殿には、次の歌があり申す。
佐保河の小石ふみ渡りぬばたまの黒馬の来る夜は年にもあらぬか
「ぬばたまの」は「夜」にかかる枕詞でござるな。
佐保川の小石を音たてて踏みながら、あなたが漆黒の夜にまぎれつつ、
夜よりも黒い愛馬に乗ってわたしのもとへかよって来てくださる夜、
そんな夜が、年に1度でもあったらいいのに!
そんな意味でござりましょう。だから佐保川の玉砂利の音に、いつも聞き耳をたてている、と。
・・・などとやっているうちに平城宮にもひたひたと夜が迫ってきたのでござった!(汗)
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この記事へのコメント
2番目の写真は素敵ですね〜♪
シカし
別れはツラいですね(〒_〒)
シカし
別れはツラいですね(〒_〒)
Posted by とんとんみーのりのり at 2008年03月29日 14:49
すいませんね。1番目の写真は川風が冷たくて、
いいアングルを探してる余裕がなかったですよ^^
「サヨナラは別れの言葉じゃなくて、ふたたび会うまでの遠い約束」
ですから。(古いとは言わせませぬぞ・笑)
いいアングルを探してる余裕がなかったですよ^^
「サヨナラは別れの言葉じゃなくて、ふたたび会うまでの遠い約束」
ですから。(古いとは言わせませぬぞ・笑)
Posted by び ん
at 2008年03月29日 14:55
at 2008年03月29日 14:55>「サヨナラは別れの言葉じゃなくて、ふたたび会うまでの遠い約束」
なんかどっかで聞いたことあるような~って思ったら・・・
思い出しました(笑)
スージー元気で頑張って欲しいですね~♪
桜並木も平城宮もいいですね~
なんかどっかで聞いたことあるような~って思ったら・・・
思い出しました(笑)
スージー元気で頑張って欲しいですね~♪
桜並木も平城宮もいいですね~
Posted by とんとんみーかりかり at 2008年03月31日 17:06
桜並木も平城宮もよかったですよ。
ただ、もう少しだけ寒くなければ^^;
思い出しましたか?
いよいよ年度も変わり、
みんな頑張ってほしいと思っています。
ただ、もう少しだけ寒くなければ^^;
思い出しましたか?
いよいよ年度も変わり、
みんな頑張ってほしいと思っています。
Posted by び ん
at 2008年03月31日 22:07
at 2008年03月31日 22:07※このエントリーではブログ管理者の設定により、ブログ管理者に承認されるまでコメントは反映されません

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