2008年06月07日
シーサー41~43 (/シーサー100)
(こちらの記事から続いています。)
前回の「シーサー31~40」から、また1か月余りたってしまいました。
壺屋焼博物館の中には、素敵なシーサーがたくさんありますが、
それらはもちろん掲載できないので、壺屋通りを歩きましょう。
さてさて、壺屋通りは、シーサーの宝庫。
ちょっとほかでは見られないシーサーたちが並んでいます。
41

これは、唐三彩風のうつわ(急須)の取っ手。
シーサーというより、中国古典に登場する猿を思わせます。
たとえば、花果山の岩から生まれたばかりの孫悟空・・・
必死で何かに向かって威嚇している、この姿をじっと見ていると、
猿にせよ、獅子にせよ、つまりは人の「喩(ゆ)」なのだということが、
ふつふつと身に迫って感じられます。
つい、足元に目が引き寄せられますが、
屋根の上も見逃せません。
42

赤のまさったこの色合いは、ちょっとめずらしいですね。
雨による腐食防止のために赤くコーティングされた、
数年前からの残波大獅子を思い浮かべたりもします。
腐食といえば・・・
形あるものは皆、朽ちてゆく。
そんな無常を示すシーサーもいる。
43

たしかに、シーサーにもまた形がある限り、
いつかは朽ち果ててゆく運命にあるでしょう。
自分よりも少しはやく朽ち果ててゆくものを守る、
三彩のすがたは、いかにもうつろう季節のようです。
前回の「シーサー31~40」から、また1か月余りたってしまいました。
壺屋焼博物館の中には、素敵なシーサーがたくさんありますが、
それらはもちろん掲載できないので、壺屋通りを歩きましょう。
さてさて、壺屋通りは、シーサーの宝庫。
ちょっとほかでは見られないシーサーたちが並んでいます。
41

これは、唐三彩風のうつわ(急須)の取っ手。
シーサーというより、中国古典に登場する猿を思わせます。
たとえば、花果山の岩から生まれたばかりの孫悟空・・・
必死で何かに向かって威嚇している、この姿をじっと見ていると、
猿にせよ、獅子にせよ、つまりは人の「喩(ゆ)」なのだということが、
ふつふつと身に迫って感じられます。
つい、足元に目が引き寄せられますが、
屋根の上も見逃せません。
42

赤のまさったこの色合いは、ちょっとめずらしいですね。
雨による腐食防止のために赤くコーティングされた、
数年前からの残波大獅子を思い浮かべたりもします。
腐食といえば・・・
形あるものは皆、朽ちてゆく。
そんな無常を示すシーサーもいる。
43

たしかに、シーサーにもまた形がある限り、
いつかは朽ち果ててゆく運命にあるでしょう。
自分よりも少しはやく朽ち果ててゆくものを守る、
三彩のすがたは、いかにもうつろう季節のようです。
この記事へのトラックバックURL
http://bin.ti-da.net/t1885485
※このエントリーではブログ管理者の設定により、ブログ管理者に承認されるまでコメントは反映されません

あなただけのオリジナルブログデザイン!

