2007年07月17日

シーサー 11

安里から、もうひとつだけ。

三階建ての民家の屋上近くに。

わざわざシーサー用の台座が作られているようにも見える。



阿形なので、吽形を探したのだが・・・

それらしき影も姿もない。


阿形のシーサーは、現代の沖縄では、十中八九右側にいる。

にもかかわらず、このシーサーは胴体が左側。

つまり、左にいる姿をしている。


ここから考えても、おそらく一体のみで作られたのではなかったか。

言い換える。

阿形一体で「全体」を表しているのでは。「宇宙全体」と言ってもよい。


シーサー9」でも、左・右と阿形・吽形にこだわったのだが、

シーサーの中には(シーサーをつくる作者の中には)、

そのような概念を超越したところで創作している人たちがいる。

あるいは逆に、一般知識をもたずに作っている人たちもいる。

どちらがいい、わるいということではない。

どちらにしても、つくられたものはシーサーであり、

つくった人はシーサー作家である、ということだ。


シーサーに対峙していると、

時々、「頭で考える」ことが下らなく思えてくる。

実際、どのように考え、言葉を与えたところで、

「いま・ここにある」シーサーの存在感を超えることなど、到底できないからだ。


そして、それでも思うのだ。

「いま・ここにある」シーサーの、その「いま」と「ここ」を、

より明確に言葉にし、それを伝えることができたらいい、と。

じつに無謀で遥かな念願ではあるものの。




昨日の記事に引用した寺田寅彦の随筆の中に、こんな一節があった。

その頃からそろそろ中心が分裂しはじめ正午頃には新潟附近で三つくらいの中心に分れてしまって次第に勢力が衰えて行ったのであった

「新潟付近で三つに分裂」

そのイメージが思念の中に残っていたので、新潟の地震のニュースに目を奪われた。

震度6強。

被災地の方々が、一刻もはやく安寧を取り戻されるよう。

被害に遭われた方々には、心よりのお見舞いを。


台風一過のあと、好天がにわかに一転し、激しい雨の降る大阪にて。

注目度 : ★☆☆

シーサーらしさ : ★★☆
               
斬新さ : ★☆☆


総評 : 高いところにあるために肉眼ではよく見えなかったのだが、撮って帰った写真をよく見ると、いささか毛色の変わったシーサー。前垂れのように腹を覆っているのは、おそらく鬣(たてがみ)。それを知って、近くで見たみたい気持ちが増した。


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