2007年05月29日

めんそーれ、再び(沖縄報告番外編の1)

「めんそーれ」のことが、引っかかっている。

直接的には、先の記事へのあゆさんのコメントによって喚起された引っかかりだ。

(とはいえ、追記してすぐに寝てしまったのだが・苦笑)

ぼく自身も「めんそーれ」が「御免候へ」の転訛だと100%思っているわけではない。

しかし、それが0%の可能性しか持っていないとも思っていない。

ただ、通説・俗説の打破を立場とする(なんかかっこいいね)者として、俗説に足をとられていた(さらにそれを書きもした)というのであれば、その足元を見直す必要がある。


「めんそーれ」とかかわって気になっていたのは、「いみそーり(いみそーれー)」や「いんじめんそーり(いんじめんそーれー)」である。

それぞれ「お入りください」「行ってらっしゃい」を意味するこれらの語は(元々は「入り(召し?)候へ」「去(い)んじ参り候へ」であろうか・・・もとより素人の詮索である)、「めんそーれ」と関連しないだろうか。

あるいは、「ちば(気張)いみそーり」(「ちば(気張)みそーれ」)、「うすく(お救)いみそーり」などと現在も当たり前のように用いる「そーり」(そーれ)と、「めんそーれ」の語末は相通している(相通する部分がある)のではないかと考えてきた。


ぼくは琉球語はおろか、日本語の専門家ですらない(と言って逃げたくはないのだが。ちなみに最初の論文は日本語学で書いた)。それでも、琉球語には候文(そうろうぶん)がない、あるいは「めんそーれ」の「そーれ」は「召しおわれ」から転訛したといわれて、即座にすべてを信じ込む気にはなれない。
(ただ、「うすく(お救)いみそーり」の「みそーり」は、たしかに「召しおわれ」と考えるのが合理的だと思う)

http://www.citydo.com/okinawa/column/hogen1.html

http://www.ocvb.or.jp/card/ja/0000201013.html

「候」への執着が、ぼくの内に巣食うドグマ(独断。根拠もなく特定の説や教義を信じ込む精神)の所産でなければよいと思っている。


とりあえずは、示された中で最も体系的に琉球語を論じたものと思われる『沖縄語の入門』を読むところからはじめたい。

以上を記して、あゆさんへの謝意に代えたい。



【つけたし】 シーサーついてますよね。↑このあたり。

たぶん、「天井にいちばん近いシーサー」・・・かな?


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http://bin.ti-da.net/t1590020
この記事へのコメント
いえこちらこそ、久しぶりに「めんそーれ」について考えられたので感謝しています。

ところで、「召しおわれ」説も有力だというだけで、はっきり解明されたわけではないので、俗説でないとは言えないですね。前回の記事で、「候へ」説が俗説で「召しおわれ」説がそうではないような書き方をしてしまい、すみませんでした。

「沖縄語の入門」は、どちらかというと実践的なものなので、論じているわけではなく、コラムで紹介されていたのでした(だから典拠としては物足りないと思います)。
Posted by あゆ at 2007年05月29日 17:40
相変わらず「めん」と「そーれ」の間をたゆたっていて、お返事遅れました。

わかりました。『沖縄語の入門』、そのように構えたうえで読もうと思います。
『沖縄語の入門』を検索する過程で、ここ数年その方面の書籍が増えているのだなということを知りました。
いずれ、目を通してみるつもりでいます。

ふと何かの拍子に(スパムトラバの削除など)過日書いた記事へ飛びますと、稚拙ながらもしつこく論じている自分がまぶしく感じられたりします。
重ねて感謝のほど。
Posted by びん at 2007年05月29日 18:48
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